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2011/04/29

福島の大地が綺麗になり、笑顔の生活が戻る日まで私はへこたれないぞ。by 武田先生

政府は、いったい、、、、血迷っているとしか思えない。

ぜったい、おかしいって!

小中学校などの屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトに決めたり、

通常時は年間50ミリシーベルトと定めている原発作業員の被曝(ひばく)線量の上限を

当面の間、撤廃する方針を固めたり、って、おかしいでしょ!

そんなこと勝手に決めていいわけ???

官邸って、まともな考えの人いなの?

誰か、官邸の暴走を止めてーーーー。もう限界でしょ、日本。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110430k0000m010073000c.html 毎日新聞

==転載開始==

【福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任】

東日本大震災発生後の3月16日に内閣官房参与に任命された

小佐古敏荘・東京大教授(放射線安全学)が29日、

菅直人首相あての辞表を首相官邸に出した。

小佐古氏は国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故の政府対応を

「場当たり的」と批判。

特に小中学校などの屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトに決めたことに「容認すれば学者生命は終わり。自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」と異論を唱えた。

小佐古氏は、政府の原子力防災指針で「緊急事態の発生直後から

速やかに開始されるべきもの」とされた「緊急時迅速放射能影響予測システム

(SPEEDI)」による影響予測がすぐに運用・公表されなかったことなどを指摘。

「法律を軽視してその場限りの対応を行い、事態収束を遅らせている」と批判した。

 小佐古氏はまた、学校の放射線基準を年間1ミリシーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし、

「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は放射線業務従事者でも極めて少ない。

この数値を小学生らに求めることは、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」

と述べた。【吉永康朗】

さて、

武田先生も「さらば!」っていうタイトルで更新していた。

http://takedanet.com/2011/04/post_f444.html

【さらば!】

「反原発派に取り込まれたのか!」

かつて原子力を共にやってきた仲間からがメールきた。

さらば! 原子力

原子力村に帰ることは、もう許されない。

それで良い。

・・・・・・

この世に生を受け、戦争の惨禍は両親に降り注ぎ、私は戦争のない日本で人生を終わることができた。そして長じて技術者になったが、私の願いは空しく潰えた。

すまない。申し訳なかった。私の思慮が足りなかった。

だから、攻撃は私の罪で受け止める。痛手が身にしみれば染みるほど、子供の被ばくは減る。

遙かに長い未来と夢がある。彼らの夢を壊してはいけない。

でも、久々に楽な気持ちになった。小学校の校庭が3マイクロから0.6マイクロに減ったのだ。万歳!!

・・・・・・・・・

私は何をしてきたのだろう?

電気があればテレビを見ることも出来る。石油は日本にないから原子力・・・浅はかだった。子供を被ばくさせたら、そんなことは何の意味もない.

福島の大地が綺麗になり、笑顔の生活が戻る日まで私はへこたれないぞ。

この野郎!!

(平成23年4月29日 午後10時 執筆)

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