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2012年12月

2012/12/27

みんなが知ってる「となりのトトロ」って、名作よね。

これって、いつごろの作品だったんだろ、、、、

、、、調べてきました(笑)、、、、インターネットって、ほんと便利よね。


1988年4月初放映(映画館で)、1989年4月初テレビ放映、だそうです。

そうだよ、24年まえ、子供たちが幼稚園と小学校に行ってた頃だわ。

テレビで何度も再放送してたっけ、、、、、
このYOUTUBEの音楽はJAZZアレンジされたものだけど、1曲目のトトロの曲はいいよ。
思わず、”トットロ~トット~ロ”って、一緒に口ずさんじゃいます(笑)。

音楽って不思議よね。メロディーを聴くとその当時の事がフィードバックされていろいろなことを思いだす。それぞれの曲にそれぞれの思い出がくっついてるのよね。


今年もあと、4日。
よいお年をお迎えください!!!


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2012/12/25

私のお昼の定番は、ヤマザキの肉まん、あんまん。

最近、私のお昼の定番は、これ↓
http://www.yamazakipan.co.jp/brand/03_01.html

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電子レンジ専用中華まん蒸し器(注1)で、たった40秒で出来上がり。
ふっくらとモチモチして美味しい。お勧め。
(注1)近所のスーパーで、200円か300円だったと、、、

Dscn2189

これに、

「クノールふんわりたまごスープ」つけたら完璧です!
http://knorr-club.jp/product/detail/id/16

Knorr_18_5

さて、今年もあと一週間。
暮れの大掃除は終わりましたか?
年賀はがきは書き終わったんだけど、、、、、

年(年齢)とともに、だんだん仕事が遅くなった上に、
めんどくさいって思うことが多くて、はかどりませ~ん(笑)。




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2012/12/15

「最高裁裁判官の国民審査をどうする?」by Yahooニュースから

=一部抜粋=

過去の選挙の際、衆院選の候補者や政党のことだけ考えて投票所に足を運んだら、国民審査の投票用紙を渡されて戸惑った、という経験をした人は少なくないだろう。そこに列挙された名前を見ても訳が分からず、何も書かずに投票箱に放り込んだ、という人は、かなりいるはずだ。

用紙を渡す選挙管理委員会のスタッフから、「分からなかったら、そのまま何も書かずに(投票箱に)入れて下さい」と”指導”を受けたという話もずいぶん聞いた。とんでもないことだ。

国民審査は辞めさせたい裁判官に×をつける方式なので、何も書かなければ、事実上、信任票を入れたことになってしまう。何も書かずに投票するよう促すのは、公務員が今の裁判官たちを信任するように誘導しているに等しい。

=中略=

そのような状況の中、今回の国民審査にあたって、私たちはどういう対応をとればいいのだろうか。
一つには、どうしたらいいか分からない場合は、無記入ではなく、×をつける、という選択がある。

先に伊藤弁護士が説明したように、本来私たちに分かりやすく説明すべき裁判官たちが、その義務を果たしていないから「分からない」。なので、そういう裁判官達、今回で言えば10人全員に×をつける。

一般国民が司法に対して物申せる唯一の機会が国民審査であることを踏まえれば、「冤罪の構図」をそのままにしている最高裁の姿勢に対する異議申し立てとして、裁判官全員に×をつける、という選択も大いに意味があるだろう。

全文掲載はこちらです↓

http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20121214-00022725/



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「3・11を経験した国民が脱原発を選ぶのか、それとも当面は原発に依存し続けるのか。世界が注目しています。」」by東京新聞社説

「2012選択(2) 脱原発 変革は誰が起こすのか」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012120602000106.html

=東京新聞社説から転載=

ドイツの脱原発にかかわったベルリン自由大学教授のミランダ・シュラーズさんは「市民の決断と行動が社会を変える」と話しています。選挙こそ最大の好機です。

 3・11を経験した国民が脱原発を選ぶのか、それとも当面は原発に依存し続けるのか。世界が注目しています。

 民主党は「二〇三〇年代に原発ゼロ」、日本維新の会は「既設原発は二〇三〇年代までにフェードアウト」と訴えます。

 「卒原発」の旗を掲げる日本未来の党は「二〇二二年をめどに、段階的に全原発をなくす」と比較的明快です。自民党は「十年以内に電源構成のベストミックスを確立する」と、当面は、原発を維持する方針です。

 脱原発を積極的に唱える政党も、目標年を提示するのが精いっぱいで、具体的な方法や工程表は明らかにしておらず、判断材料は十分とはいえない。
 福島の悲しみは続いています。放射能にふるさとを追われた多くの人々が、異郷の地で二度目の新年を迎えるのです。

 ひとごとではありません。地震国日本に、原発の安全を確証できるような場所があるのでしょうか。原発敷地内と周辺で、地震を起こす活断層や活断層かもしれない地層が次々見つかってもいる。

 電気料金が上がるとか、経済に影響が出ると言いますが、原発事故で損なわれるものの大きさは、比べものになりません。もちろん「原発後」の産業、雇用確保は必要です。

 使用済み核燃料が、原発内の貯蔵プールからあふれ出そうとしています。処分の場所や方法を世界中が探しあぐねる核のごみ。それでも、原発を動かし続けるのでしょうか。

 しかし、問われているのは、それだけではありません。私たち国民が原発に代わる風力や太陽光などの自然エネルギーを積極的に選ぶのか。電力、化石燃料多消費型の暮らしを改め、持続可能な社会へ向かうかどうかの選択です。

 私たちは、大切なエネルギーの問題を人任せにし過ぎていたようです。しかしそれでは持続可能な社会ができないことを、思い知らされました。暮らしと産業を支えるエネルギーをどうしたいのかを考えながら一票を行使する。今度の選挙は、そういう選挙です。

 日本の選択とは、歴史の一こまでもあるのです。


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2012/12/12

科学者たちは日本原電敦賀原発2号機が“地震の卵”の上にある危ないものだと評価した。

東京新聞と日本経済新聞読み比べ。

まずはタイトルから、、、

東京新聞
【敦賀・廃炉か 全原発の調査は不可避
日本経済新聞
【敦賀の活断層「根拠が不十分」 日本原電が質問状 規制委に再考求める】

=東京新聞社説から転載=
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012121202000123.html

【敦賀・廃炉か 全原発の調査は不可避
まっ黒という判定だ。科学者たちは、日本原電敦賀原発2号機が“地震の卵”の上にある危ないものだと評価した。地震国日本の地下は断層だらけではないか。全原発の総点検は避けられない。

 四人の専門家の判断は、ずれることなく一致した。活断層だ。敦賀原発2号機の運転開始は一九八七年二月、比較的新しい部類に入る。だが、四半世紀もの間、“地震の卵”と言われる不安定な地層の上に原子炉が乗っていた。背筋が寒くならないか。

 敦賀原発の敷地内には「浦底断層」という名の活断層が走っており、破砕帯と呼ばれる断層の一種がそこから枝分かれするように2号機の真下へ延びている。この破砕帯が浦底断層の活動に連動して動き、地震を引き起こす恐れがあるか。つまり活断層であるかどうかが、検討されてきた。

 以前から危険は指摘されていた。日本原電は現存する原発では最も古い敦賀1号機の建設時から、破砕帯の存在を知っていた。だが連動して動く恐れはないと今も主張し続けている。つじつま合わせと疑われても仕方あるまい。

 このように事業者側に都合の良い報告を、一般に旧原子力安全・保安院のような政府機関が追認し、政治が放置してきたことから原発の安全神話が生まれ、神話への依存が福島第一原発事故につながったのではなかったか。

 福島の教訓から今年九月に発足した原子力規制委員会は、電力側の意向を排し、独自の調査に基づいて独自の判断を下すという、当たり前の仕事をしただけだ。

 今後、関西電力大飯原発の追加調査をはじめ、東北電力東通原発、北陸電力志賀原発など五カ所で現地調査を実施する。だが、日本列島は地震の巣、近年の調査技術の発達で、新たな活断層が見つかる可能性は高い。このような結果が出た以上、全原発の現地調査を速やかに行うべきではないか。

 規制委は、安全基準に満たない原発の停止を命令できるようになる。地震による被災が予見される原発の稼働は、許すべきではない。政府も、科学的知見に基づく規制委の判断を受け入れ、廃炉に向かうべきである。

 もちろん、廃炉後の新たな産業と雇用の確保、創出には、政府や自治体が責任を持って取り組むべきだ。

 敦賀の場合、既存の送電網や港湾施設などを生かし、新しいエネルギー産業を育てることも、未来への選択肢の一つだろう。

 規制委は敦賀原発の断層調査を指揮した島崎邦彦委員長代理が現在、報告書をまとめており、質問への答えも盛り込む方向で検討する。同報告書を基に規制委が議論し、「現状では再稼働を認めない」との方針が正式に決まる見通しだ。

=日本経済新聞WEBから転載=
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDC1100R_R11C12A2MM8000/?df=2&dg=1

【敦賀の活断層「根拠が不十分」 日本原電が質問状 規制委に再考求める】

日本原子力発電は11日、原子力規制委員会の評価会合が敦賀原子力発電所(福井県)の2号機直下に活断層が通っている可能性が高いとの統一見解を示したことに対し、判断の根拠を問う公開質問状を規制委に提出した。事業者が規制当局に再考を求める異例の事態となった。ただ規制委の判断が覆る可能性は低く、同原発の廃炉を迫られる公算が大きい。日本原電の経営環境は厳しさを増す。

 公開質問状は浜田康男社長名で、規制委の田中俊一委員長に宛てて提出した。書面では10日に開いた評価会合の判断を「科学的根拠を含めた十分な説明がなされておらず、誠に理解に苦しむ」と強調。10項目の疑問点を示し、早急に文書で回答するように求めた。

 最大の焦点は2号機直下を通る「D―1破砕帯(断層)」。規制委はD―1破砕帯と敷地内を走る活断層「浦底断層」の枝分かれ部分で見つかった地層変形についてD―1の一部とみなし、浦底断層と連動する活断層の可能性が高いとした。

 日本原電はD―1破砕帯を「活断層ではない」と主張してきた。質問状では地層の変形を活断層と認定した理由や、地層の変形がD―1破砕帯の一部だと判断した根拠などをただした。調査が地形変動の観察に偏っており、地質調査や物理探査を組み合わせるべきだともしている。11日に記者会見した増田博副社長は「規制委には真摯に答えてもらえると思う。自社調査の結果も提出し、議論したい」と語った。

 規制委は敦賀原発の断層調査を指揮した島崎邦彦委員長代理が現在、報告書をまとめており、質問への答えも盛り込む方向で検討する。同報告書を基に規制委が議論し、「現状では再稼働を認めない」との方針が正式に決まる見通しだ。

 再稼働できなければ廃炉が現実味を帯びるが、現状は日本原電に判断が委ねられている。規制委が電気事業者に原子炉の運転停止や廃炉を命令する権限はない。廃炉の可能性や判断基準に関して、増田副社長は「仮定の話にはコメントできない」と明言を避けた。

 日本原電には簡単に廃炉を容認できない事情がある。まず経営へのインパクトだ。将来の廃炉費用として1550億円を引き当てているが、引き当てがほぼ終わっているのは運転開始から40年以上が経過している敦賀1号機にとどまる。

 活断層の基準が変わったことへの不満もある。敦賀1号機の設置許可が出た1966年には浦底断層が学術的に活断層と認知されていなかった。78年につくられた旧耐震指針は5万年前以降に動いた断層を活断層としていたが、2006年に12万~13万年前以降に変更。さらに規制委は40万年前以降に広げる意向だ。

 国の基準変更で運転停止や廃炉になれば「廃炉費用の一定程度を国も負担すべきだ」との意見もある。規制委の判断を不服として行政訴訟を起こす可能性もある。

 規制委の事務局幹部は「これからが勝負になる」と話す。規制委は来年7月から原発に最新の安全対策を課し、規制委が活断層の影響を認めれば運転停止を命じられるようにする。それまでは行政指導で運転停止を求める。日本原電とのつばぜり合いは続きそうだ。

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2012/12/09

ノーベル生理学・医学賞授賞式での 山中伸弥氏のスピーチ詳細。

「ノーベル生理学・医学賞の発表前日にあたる10月7日、カロリンスカ研究所のハリエット・ウォールバーグ―ヘンリクソン所長に京都で会った。私も参加した集まりの議長をしていた。終了後、「さようなら」と言うと彼女がウインクしたように感じた。その時は不確かだったが、いまは本当だったと確信している。」by 山中伸弥

=日本経済新聞WEB版(2012/12/8 10:38)から転載=
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG08001_Y2A201C1000000/?dg=1

「iPS細胞技術、患者のもとに」 山中教授講演詳報



【ストックホルム=安藤淳】2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞する山中伸弥・京都大学教授の7日夕(日本時間の同深夜)の記念講演は、カロリンスカ研究所に集まった数百人の聴衆を魅了した。講堂はあふれかえり、大型スクリーンを据え付けた隣の講義室も満杯。最後はスタンディング・オベーションが起こった。主な内容を紹介する。

 ノーベル生理学・医学賞の発表前日にあたる10月7日、カロリンスカ研究所のハリエット・ウォールバーグ―ヘンリクソン所長に京都で会った。私も参加した集まりの議長をしていた。終了後、「さようなら」と言うと彼女がウインクしたように感じた。その時は不確かだったが、いまは本当だったと確信している。

 今回、ジョン・ガードン卿と共同受賞できたことをとても光栄に思う。ガードン卿こそが、細胞核の初期化を着想した。私が生まれた頃に彼が出した成果なしに、この場に私がいることは決してなかっただろう。ジョン、ありがとう。

 まず、若い科学者だったころの話をしたい。私は2つの意味で極めて幸運に恵まれた。1つはまったく予想していなかった研究結果に出くわしたおかげで、まったく新しい研究に取り組めたこと。もう1つは、2人の偉大な恩師のもとで学べたことだ。

 私は最初、整形外科医を目指したが、まったく適していないと自覚した。同時に、どんなに才能のある外科医でも治せない病気やけががあるのを学んだ。そこで、外科医から科学者へ転向した。

 大阪市立大学の大学院では血圧制御を研究した。指導教官の三浦克之先生の仮説に基づき、ある物質を犬に投与した時に血圧は下がらないことを示す実験をした。外科医失格の自分に向いた簡単な実験だったが、予想に反し血圧は大きく下がった。興奮して三浦先生に結果を伝えると、彼も興奮してくれた。この現象のメカニズム解明が学位論文につながった。

 その後、ポスドクとして米サンフランシスコのグラッドストーン心臓血管病研究所で指導教官のイネラリティ博士のもとで研究した。彼はコレステロール値を下げるのに重要とされる「APOBEC1」遺伝子に強い関心を持っていた。この遺伝子を肝臓で発現させるとコレステロール値が下がると仮説を立て、動脈硬化症の治療に使えるのではないかと考えていた。

 そこで、肝臓でAPOBEC1を過剰に働かせたマウスを使い、この仮説を証明するよう指示を受けた。日夜懸命に取り組み、ある日の朝、マウスの世話をしていた技官が駆け込んできた。「多くの雄のマウスが妊娠している」という。混乱しながらも調べてみると、妊娠ではなく巨大な肝臓がんができていた。予想もしない結果だった。

 APOBEC1は強力な発がん遺伝子で、治療に使うどころではないことがわかった。イネラリティ博士はがっかりしながらも、この遺伝子の研究を続けるように言った。私は心臓血管病研究所で肝臓がんを研究する唯一の研究者となったが、イネラリティ博士が研究継続を促してくれたのをとても感謝している。

 私には2通りの偉大な指導教官がいた。1つは三浦先生やイネラリティ博士のように、自身の仮説に反する研究でも進めるよう言ってくれた本当の先生。もう1つは予想だにしない結果を突きつけた自然そのものだ。それが、まったく新しいプロジェクトへと私を導いた。2人のように優れた指導教官でありたい。とても難しいが、ベストを尽くすしかない。

iPS細胞の研究は、肝臓がんの意外な実験結果からスタートした。原因を調べるうちに、「NAT1」という新しい遺伝子を見つけた。APOBEC1を過剰に働かせたマウスの発がんを引き起こすのがNAT1だった。

 NAT1が働かないようにしたノックアウトマウスと、ノックアウト胚性幹細胞(ES細胞)を作ったところ、予想外の結果を得た。NAT1は、ES細胞が様々な細胞に育つ多能性を持つうえで欠かせない遺伝子だったのだ。

 ES細胞は1981年にエバンス、マーティン両博士によって初めてマウスで作られた。ES細胞には「死なない」性質と、多能性という2つの重要な特徴がある。NAT1は多能性に不可欠だとわかり、研究テーマをがんからES細胞に変えるきっかけになった。

 米国で研究を続けたかったが、様々な事情から日本に帰らざるを得なくなった。帰国後、PADに悩んだ。「ポスト・アメリカ・ディプレション」の略だ。米国では素晴らしい時を過ごしたが、日本に戻るとひどいうつ状態になり研究をやめるところだった。幸運なことに、2つの出来事が私を救い出してくれた。

 1つは米ウィスコンシン大学のトムソン博士による、人間のES細胞の作製だ。それまではマウスES細胞を使うしかなく、研究仲間からは「人間の病気に関係した研究をした方がいいよ」とも言われていた。ヒトES細胞があれば欲しいだけ増やしたうえで、神経細胞など様々なヒト細胞に成長させられる。これらの細胞を病気の治療に使える可能性がある。

 2つ目の出来事は1999年、37歳の時に奈良先端科学技術大学院大学で初めて自分の研究室を持ったことだ。美しいキャンパスに、優れた教官や才能ある大学院生がいた。

 研究室の明確なビジョンと長期目標を定めようと考えた。ES細胞のような幹細胞を、受精卵ではなく患者自身の体細胞から作るという目標を決めた。そうすれば、ES細胞が抱える倫理的な問題を乗り越えられる。

 既に出ていた他の研究者の2つの成果から、これは可能だと考えた。1つ目の流れは、初めてガードン卿が取り組んだ核の初期化だ。彼は体細胞が受精卵のような状態に戻ることを示した。もう1つはワイントローブ博士が示した、ある因子の働きによる細胞の運命の変化だ。

 これらの2つの研究の流れから、体細胞を初期化できる因子があるはずで、みつかればES細胞のような細胞を作れると考えた。ただ、因子は1つなのか、10個なのか100個あるのかわからず、見つかるまでに10年、20年、30年、それとももっとかかるのか見当もつかなかった。幸い、実際には6年で見つかった。

 06年、わずか4つの因子をマウスの皮膚細胞に入れるだけで、ES細胞のような幹細胞ができることを示した。これを人工多能性幹細胞(iPS細胞)と名付けた。07年には、同じ4つの因子でヒトiPS細胞も作れることがわかった。

 因子を探す際には、まず候補を24個に絞り込んだ。3人の若手が重要な働きをした。徳澤佳美、一阪朋子の2人は、簡単ながら感度の高い試験法を確立した。高橋和利が最終的に24個から、4個の因子を選び出した。3人の献身的な働きなしには、iPS細胞は作りえなかった。

最後に、iPS細胞が持つ潜在的な力について話したい。iPS細胞には2つの大きな応用の道がある。1つは新薬開発だ。患者からiPS細胞を作製すれば、病態モデルを作って試験管内で新薬候補を探索できる。もう一つは細胞治療や再生医療につながる応用だ。

 新薬開発への応用例として、運動ニューロン(運動神経の細胞)が働かなくなるALS(筋萎縮性側索硬化症)などがある。ヒトではよい病態モデルがなく薬の開発が進んでいない。マウスのモデルを使って開発した薬は悲しいことに、人間では効果がなかった。

 いま、世界中の多くの研究者がALSなどの患者からiPS細胞を作り、大量の運動ニューロンを得るのに成功している。これらは患者と同じ遺伝情報を持つ。患者自身の運動ニューロンを使って、新薬の探索ができるようになった。

 京大の井上治久准教授はALSなど運動ニューロン病の患者と、健康な人のiPS細胞を作った。患者の運動ニューロンは健康な人に比べ、はるかに短くしか伸びないことがわかった。これを利用し、ロボットシステムの力を借りて数千の物質から新薬候補を探している。

 再生医療への応用の話に移ろう。ヒトiPS細胞を好きなだけ増やし、そこから大量のドーパミン産生ニューロン、網膜細胞、心筋細胞などを作れる。そしてパーキンソン病、心筋症、脊髄損傷などの患者の治療に使えるだろう。日本や各国で、研究者はiPS細胞から成長させたこれらの細胞を使った治療の効果と安全性を実証する前臨床試験を進めている。

 12月10日、私はiPS細胞の作製と技術の急速な発展に貢献してきた多くの科学者や研究者を代表してノーベル賞を受賞する。iPS細胞をもとに、新しい科学の流れができはじめている。07年にイェーニッシュ博士はマウスを使い、初めてiPS細胞を使った細胞治療の実現性を示した。09年、デーリー博士らは病気の患者から初めてiPS細胞を作った。

 08年、メルトン博士は生きたマウスで、少数の因子を加えて細胞の運命を直接変えられることを示した。ダイレクト・リプログラミング(直接の初期化)と呼ばれる方法で、多くの研究者が追随している。今年にはグラッドストーン研究所のスリバスタバ博士が、同方法による治療の実現性をマウスで示した。

 非常に近い将来、こうした技術が患者を救うことを強く希望する。ここにあげた研究者の中から、新たなノーベル賞受賞者が誕生するよう期待している。

 2年ほど前に発足した京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で働く250人以上の人たち、それに京都大学に感謝したい。07年以来、私はグラッドストーン研究所にも小さな研究室を持っている。才能ある人たちばかりで、4~6週間に1度はグラッドストーンを訪れており、そのたびに私の科学研究が活性化されると感じている。

 今日は妻や娘を始め、家族も来てくれている。母もストックホルムにいるが、「おまえの英語はひどいから聞いてもわからないだろう」と言ってここには来なかった。科学者はストレスも多く、家族の助けなしに今日という日はなかった。

 父は25年前に、そして義父も今年、死去した。2人が一緒に、どこかで今この瞬間を楽しんでくれていればと思う。父が私を医学の世界にいざない、医師だった義父は医師とはどのようなものかを教えてくれた。

 iPS細胞技術を患者のもとに届けたい。両方の父に将来、会う前に是非実現したい。(スウェーデン語で)ありがとうございました。


バリ島からおしゃれなアクセサリーを直送いたします!
http://namasaya-tomo.ocnk.net/

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2012/12/08

株式会社東和電子のPC用のスピーカー(13,000円)を買った。「いいぞ、これ!!!」

このスピーカー、知ってる人は知ってる、知らない人は知らない、、、、あたりまえかぁ(笑)、、、結構評判のスピーカーみたいよ。去年の11月発売って、知らなかった。

名前は、アラソニック。Olasonic TW-D7IP(W)です。
正真正銘
メードインジャパン!

ほんとは黒がほしかったんだけど、2,000円も高かったから、白です。
見た目が安っぽいおもちゃみたいだけど、
ほんとに音がいいんだわびっくり!

パソコン1台があればもう、音を聞くだけのオーディオ製品は、いらない!ね。
いま、ラジコで、いつものFM東京を聞きながら、ブログ更新中。

http://radiko.jp/# ←ラジコHP


さて、
昨日の地震で、やっぱり原発の存在は怖いって思った。


製品詳細はこちらのホームページをどうぞ↓

http://www.olasonic.jp/dockspeaker/twd7ip.html

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2012/12/07

なぜか、私、高幡不動と伊勢神宮が、、、、好き!

バスとモノレールを乗り継いで、高幡不動に行ってきた。
きょうは、冬とは思えないいいお天気でした。

今年一年のお礼参りもかねて、来年分のお願いを護摩に託してきた。ほんとは、今年は結構予想以上にいい年だったんで、「感謝」と一言だけ書いてくるつもりが、、、やっぱり、いつも通りたくさんお願いしてきちゃいました(笑)。

 

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1本200円です!
結局、「感謝」の文字が一番最後に、、、(笑)。裏側には家族6人分の名前を書いてきた。

 

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庭に池があったのね。

 

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高そうな鯉が泳いでいましたよ。

そういえば、子供のころ、靖国神社の奥の池の鯉を捕まえて、焼いて食べたことがある、、、、もう時効だよね(笑)。

 

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なんだか、理屈では説明できないけど、私「高幡不動」が好き。
機会があれば何度でも行きたい場所だ。で、そんな場所がもう一箇所ある。
それは「伊勢神宮」。今までに3回行ってるかな、、、、もしかしてパワースポット
だったりして、、、、

日本のパワースポット一覧↓(参考までに)
http://matome.naver.jp/odai/2126343556244697501?&page=1

伊勢神宮は、まさにパワースポットBEST3に入ってました(笑)。
初めて伊勢神宮に行ったのは、18,9歳のころだったから、40年以上前だわ。パワースポットって言葉は、いつから言われるようになったんだろうね?

ってことで、
高幡不動もきっとそのうち、、、パワースポットよ、、、たぶん(笑)。



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