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2013/07/10

日本を救った男、吉田元所長!

官邸介入にも注水続行 貫き通した「現場の判断」 福島第1原発の吉田元所長死去

=産経ニュースから転載=
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130710/dst13071000250001-n1.htm


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吉田氏は福島第1原発事故時に所長として、免震重要棟で収束作業の対応にあたる一方で、現場に細かく介入してくる首相官邸と東電本店に対し「現場の判断」を貫き通した。所長として部下を現場に送る思い。官邸や本店との軋(あつ)轢(れき)。東京電力が公開した事故当時の社内テレビ会議映像などからは、さまざまな思いで事故と対(たい)峙(じ)し苦悩する吉田氏の姿があった。


 「これから海水注入中断を指示するが、絶対に注水をやめるな」。平成23年3月12日、水素爆発した1号機への海水注入をめぐり、「首相の了解がない」と中断を求めた本店の指示に反し、小声で作業員にこう伝え注水を続行させた。現場より官邸の意向を尊重する本店に、テレビ会議では面従腹背して、自らの経験と判断を優先させ事態の悪化を防いだ。

 矢継ぎ早に指示を出す本店に対して、「いろいろ聞かないでください。ディスターブ(邪魔)しないでください」と声を荒らげることすらあった。本店とのやりとりでは遠慮せず、免震重要棟に怒声が響いたことも一度や二度ではなかったという。
23年3月14日の3号機水素爆発時について、「自分も含めて死んでもおかしくない状態だった。10人くらい死んだかもしれないと思った」。吉田氏は昨年8月に福島市で開かれた出版社主催のシンポジウムにビデオ出演してこう語った。 

 そんな過酷な現場に向かっていく部下や協力会社の作業員には「感謝」を超えた特別な思いがあった。

 「放射能がある現場に何回も行ってくれた同僚たちがいる。私は見てただけ。部下は地獄の中の菩(ぼ)薩(さつ)だった」とビデオ映像で語っている。

 事故から約2週間、不眠不休で陣頭指揮にあたっていた吉田氏。休養で福島第1原発を離れ東京にいったん戻る際、現場に残り作業にあたる所員に、目に涙を浮かべながらこう言って去るシーンがテレビ会議映像にある。「私は肉体的にもかなりガタがきている状態になっています。非常に忸(じく)怩(じ)たる思いですけれども。またここに戻ってきて、皆さんと一緒に仕事をしたいと思います。本当に申し訳ないんだけど…」

 その後、職場復帰したものの食道がんが発覚し原発を離れることに。だが現場への思いは強かった。
「体力が戻ったら、現場のために力を出したい」。ビデオ出演では復帰に意欲を見せていたが、その願いが叶うことはなかった。

 歯に衣(きぬ)着せぬ率直な物言いは、社内で「自信過剰」とみられることもあった。上層部にたてつく一方で、部下や作業員を常に気遣い、下請け業者からの信頼も厚かった。

 吉田氏と一緒に福島第1原発で勤務したある同僚は「とにかく部下思いの“親分”。状況を冷静に把握し、何でも相談できる上司だった」と悼んだ。


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