世界を歩くための宗教の基礎知識

2013/07/08

「世界を歩くための宗教の基礎知識 」by池上彰の教養講座

【世界を歩くための宗教の基礎知識 】日本経済新聞から転載



今回は宗教について考えてみましょう。将来、出張や赴任などで海外へ行くことがあると思います。日本に生まれ育つと、なかなか宗教がよく分からないでしょう。現地の人々と交流を深めていく上で、宗教はその国の文化や歴史を知る大きな手がかりとなります。これからのグローバル化の時代、宗教の基礎だけでも学んでほしいと思っています。突然、怪しげな新興宗教団体の勧誘を受け、話を聞くと、ころりと信じてしまうのではないか。宗教がどんなものなのかを基礎的に知っていれば、そんなに簡単に引っかかることなく免疫を持てるのではないかと思うのです。

■オウム真理教を知っていますか

 昨夏、MIT(マサチューセッツ工科大学)のビジネススクール(スローン校)で学ぶ日本人学生たちに会いました。その時、学生たちが「米国人学生や海外留学生たちが宗教のことを話すときにまったくついていけず、何も語ることができなくて困っています。もっと宗教のことを勉強しておくべきでした」と異口同音に反省していたことが印象的でした。

 中東のサウジアラビアなどに入国するときの入国書類を書く際は、名前を書き、次に自分の宗教を書く欄があります。かつて日本の若者が、「そんなものないや」と「none(無し)」と書いたのです。そうしたら、入国審査で身柄を拘束され、国外追放になったそうです。現地の彼らにしてみると、「神様を信じていないようなヤツは、神を恐れぬ人物だから、どんな恐ろしいことをするか分からない。テロリストじゃないか。そんな危険人物をわが国に入れるわけにはいかない」と判断したようなのです。

 いまから20年ほど前、オウム真理教が日本国内で爆発的に信者を増やしました。1980年代にできて、信者数が1万人、出家信者が1,400人にまで教団が大きくなりました。麻原彰晃という人物が教祖でした。とりわけ、理科系のエリート大学生が次々に信者になり、東京工業大学の学生でも信者になった人がいました。

 オウム真理教は、富士山麓の山梨県上九一色村(当時)に生成プラントを建設し、大学で学んだ知識を使って猛毒のサリンをつくりました。サリンを使って自分たちに都合の悪い大勢の無実の人を殺したのです。教団関係者には死刑判決が出るなど一連の裁判は今も続いています。

 「なぜ、そんなに簡単に信者になってしまったのだろうか」。当時、私もオウム真理教について調べました。あれは仏教の教義を取り入れているようにもみえますが、実はヒンドゥー教をベースにして、独自の教義を組み立てています。ヒンドゥー教にはいくつもの神様がいます。そのうちのシバ神、宇宙を破壊する神を信仰しています。ヒンドゥー教にあるような、宇宙は次々に流転して、宇宙が生まれ、継続し、やがて破壊され、また新しく宇宙が生まれてくるという考え方に基づいているようでした。

 信者たちが集団生活をしている施設に行くと、ハエやゴキブリがたくさんいました。これは自分のご先祖様の生まれ変わりかもしれないからです。ゴキブリも大切にしているのに、なぜサリンで人間を殺してしまったのか。理解に苦しみました。

 教団の幹部が次々と逮捕された後、オウム真理教自身は壊滅状態になりましたが、残った信者は「アレフ」と「光の輪」という2つの団体名でいまも布教活動をしています。オウム真理教という名前は出さずに、そんなこととは一切関係ないような顔をしながら活動しているのです。

■人口より信者数が多い不思議

 日本には様々な宗教があります。各宗教法人は信者数を文化庁に報告しています。宗教法人の宗教活動にともなう寄付金には税金がかからないため、認定を受け続けるために文化庁に信者数を届けるのです。統計は毎年発表されますが、日本には何らかの宗教の信者とされる人々が合計2億700万人もいます。日本の人口は1億2,700万人ぐらいです。なんだか変ですね。これは、例えば、神社の氏子やお寺の檀家。あるいは教会に通っている人。こうした2重、3重の登録がカウントされているからなのです。

 例えば、皆さんも神社にお宮参りに行ったり、千歳飴(ちとせあめ)を持って七五三に行ったりしたでしょう。やがて、結婚するときはキリスト教式で式を挙げる人が多いでしょう。葬式は寺で、お坊さんにお経をあげてもらう人が多いですね。日本は人生のあらゆる場面に様々な宗教がかかわっているというとても不思議な国民性を持っているのです。

 日本人になじみの深い仏教は、もともと現在のネパールで生まれた釈迦族のゴータマ・シッダールタという人から始まります。ここから「お釈迦様」という言葉が生まれました。ゴータマ・シッダールタが生まれたとき、父親である王様が、占師に「息子は親を捨てて出ていくだろう」というお告げを受けました。これは大変だと、王宮から外に出さないようにして育て、大人になってからも側に美女たちをはべらせ、楽しく食べたり飲んだりして暮らせる生活をおくらせたのです。

あるとき彼が王宮からちょっと出たとき、とても高齢の年寄りや重症の病人に出会い、葬式にも遭遇しました。彼は、「人間は生きている以上、必ず年を取り、病気にもなり、いずれ死んでしまう。愛する人と死別し、さまざまな苦しみがあるのだ」ということについて、初めて気がつくのです。

 彼は人間が抱えるこの苦しみから脱出する方法を考えるために、家族を捨てて出家しました。29歳で苦しい修行の道に入り、35歳で悟りをひらいたとされます。悟りをひらいた人、真理に目覚めた人を「ブッダ」といいます。そして、人間としてどう生きるべきかを人々に伝え、その教えを聞いた人が次々に信者になっていきました。

 やがて、この教えがネパール、古代インドから中国に渡ります。中国に行って、サンスクリット語のブッダに「仏陀(ぶっだ)」という漢字をあてました。ブッダの死後も信者たちが教えを伝え続けたのです。ブッダの死後200~300年たったころ、教えを文書のかたちでまとめたものが経典になりました。

■仏教は形を変えて伝来した

 日本に伝来した仏教には、中国を経由して朝鮮半島を通って日本にきたものと、中国から直接日本に入ってきたものがあります。仏教は中国を通っているあいだに中国の昔ながらの様々な風習や土着宗教の影響を受けて大きく変わりました。

 例えば、先祖を大切にする考え方は、そもそもの仏教の教えにはありません。また、そもそもチベット仏教ではお墓をつくりません。人間は死んで、また生まれ変わる。輪廻(りんね)しているから「身体なんかいらない」という考え方です。火葬場で灰にして、川や海に流したり、地上にまいたりします。そもそも墓がなく、墓参りの風習がないわけです。

 基本的には、仏の道に進むと生涯独身を貫きます。もちろん酒は飲まない、肉も食べない。日本に伝わるとそれがあいまいになり、結婚もするようになりました。その結果、お寺の跡継ぎ問題が起こりました。海外のお寺であれば、お坊さんが亡くなったらお弟子さんや、別のところからお坊さんを連れてきて継いでもらいます。お寺を家業として継いでいくわけではないのです。  後にブッダとなるゴータマ・シッダールタはもともとバラモン教徒として育ちました。やがてバラモン教からヒンドゥー教が生まれます。彼は悟りをひらき、仏教が生まれました。そうすると、ヒンドゥー教と仏教は兄弟の宗教だということになります。  いずれも輪廻転生、つまり生きとし生けるもの、生き物はすべて死んだあと、また生まれ変わるという考え方です。そして、仏教でいえば、人間は死んでも生まれ変わる。年をとって老いていく、あるいは病気で苦しむ、あるいは愛する人を死で失うという苦しみが永遠に続くと考えるのです。

 この輪廻の輪から外れることができれば、心の安静が得られるのではないか。この輪から離れるために一生懸命修行をしよう、信じようということになるのです。それが解脱です。解脱とは死んだら二度とこの世に戻ってこないということ。二度と生まれてこないようになることが仏教の理想です。

 それが日本に入ってくるとどうなるか。本当は出家して厳しい修行をして解脱するわけですが、一般大衆はそんなことはできません。そこで、南無阿弥陀仏を唱え、阿弥陀仏様の力を借りて、浄土に生まれ変わることを願ったのです。浄土に生まれ変わって、仏の道に進めば、凡人であっても必ず悟りをひらける。解脱できるという思想です。これが浄土宗であり、浄土真宗です。

 チベット仏教では、観音菩薩(ぼさつ)が人間の形をとって現れたのがダライ・ラマと考えられています。ダライ・ラマは現在、インドのダラムサラに亡命政府をつくっています。菩薩はブッダになれる一つ前のステージです。本人が望めば悟りをひらいてブッダとなって、この世に戻ってこなくてもいいのです。

 しかし、菩薩は解脱をしてこの世に戻ってこなかったら、人々の苦しみを助けることができない。自分はあえてこの世に戻ってきて人々の救済にあたろう。チベット仏教とはこういう考え方です。皆さん方の仏教に対するイメージがかなり変わってきたのではないかと思います。

■ユダヤ教とキリスト教は無関係ではない

 一方、日本人からはわかりにくいユダヤ教とキリスト教はどういう関係にあるのでしょうか。ユダヤ教の教えは旧約聖書に書かれています。神様から選ばれた人たちが神様からカナンの地を与えるといわれて、カナンの地に神殿をつくり、王国をつくりました。

 そのユダヤ教のあり方に疑問を持ち、その改革運動をしたことによって処刑された人物がイエスです。ユダヤ教ではこの世の人々を救ってくれる救世主が現れると信じられていました。聖書では、その救世主がやがて人々の代表となって自ら身体を刺し抜かれ、犠牲になると書かれています。イエスの弟子たちは、イエスこそがそのユダヤ教の聖書でいう救世主ではないかと思ったのです。救世主がキリストです。
そしてイエスの発言や、いろいろな奇跡を起こしたという出来事が、死後何百年もたってから福音書というかたちでまとめられました。やがてキリスト教がローマに移り、ローマ帝国がキリスト教を国の宗教に定めます。たくさんある福音書のうち4つの福音書だけを正式なものとして認めました。4つの福音書をまとめたものが新約聖書です。

 新約聖書は約束の「約」を使い、翻訳の「訳」ではありません。これは神様との新しい約束を意味しています。キリスト教では、ユダヤ教の聖書のことを旧約聖書と呼びます。神様が人間たちと結んだ、あるいはユダヤ人が神様と結んだ古い約束、それが書かれているのが旧約聖書であり、それに対してイエスが神からつかわされ、イエスを通じて人々が神様と結んだ新しい約束が新約聖書なのです。

 ユダヤ人にとっては旧約聖書だけが聖書ですが、キリスト教徒にとっては旧約聖書も新約聖書もいずれも聖書です。ですから、ユダヤ人の信じている聖書に関して旧約聖書というと嫌な顔をします。ユダヤ人は新約聖書を認めていないのです。

 例えば、米国大統領は演説をするときに聖書から表現をよく引用しますが、ユダヤ教徒にもキリスト教徒にも政治的な配慮をして旧約聖書を引用するのです。

■神の言葉を声に出して伝える

 ここでイスラム教についても振り返っておきましょう。西暦570年、アラビア半島のメッカで生まれたムハンマドという人物が、やがていろいろ人生に悩むようになり、一人で家の近くの洞窟にこもって瞑想(めいそう)にふけるようになりました。

 ある日、突然身体をわしづかみにされて、空から「誦(よ)め」という言葉を聞いたというのです。つまり、神様の言葉を読み上げなさいといわれた。ムハンマドは読み書きができませんでしたから、「私は誦めません」と言うのですが、「いいから誦め」と言われ、いくつかの言葉を聞いたというのです。

 そのあと、彼はびっくり仰天して、家に帰りました。すると奥さんから、「天使が神様の言葉を伝えたのよ。これをみんなに伝えていかなければいけないわ」と勧められ、その言葉を人々に伝えていくようになりました。そして奥さんが最初の弟子になったのです。

 その天使をジブリールといいます。これはアラビア語読みだからです。一般的にはガブリエルといいます。大天使ガブリエルといえば、キリスト教にも出てきます。イエスが生まれる前、聖母マリアはヨハネと婚約しました。あるとき、ヨハネの夢枕に天使ガブリエルが現れて、マリアには神の子が宿ったと伝えたのです。

 天使ガブリエルがマリアの受胎、妊娠を伝える「受胎告知」というレオナルド・ダビンチの名画があります。キリスト教も、イスラム教も、人間は神様の声を直接聞くことはできません。神様の言葉を人間が分かる言葉に翻訳をする通訳がいるのです。それが天使ガブリエルなのです。

 ムハンマドは、ジブリエールを通じて聞いたという内容を暗唱します。それを人々に伝えていきます。まわりにいる人々も読み書きができませんから、ひたすらそれを暗唱するわけです。ムハンマドが亡くなったあとも、ムハンマドが伝えたという神の言葉をみんなが暗唱して伝えていったわけです。<

 当時、戦争が繰り返され、神様の言葉を暗唱して覚えている人たちが次々に戦死しました。「このままでは、神様の言葉が世の中に伝わらなくなる。よし、これを文書のかたちにしよう」ということになり、みんながそれぞれ暗唱していた言葉をまとめます。これがイスラム教の経典「コーラン」です。コーランとは、声に出してよむべきものという意味です。黙読してはいけないのです。<

■聖書とコーラン

 聖書とコーランの関係について説明すると、神様はまず人々に神の言葉を伝えた。それが旧約聖書のかたちでまとまった。しかし、ユダヤ人たちは、その神様の言葉を誤解したり、曲解したり、ちゃんと守っていない。そこで神様はイエスを選び、イエスに対して新たに神の言葉を伝えた。それが新約聖書になった。

 それなのにキリスト教徒たちもまだ神様の言葉をちゃんと守っていない。そこで神様は最後の預言者としてムハンマドを選び、神様の言葉を伝えた。これがコーランになったというのがイスラム教徒側の見方です。

 預言者とは未来を予言するのではなくて、神様の言葉を預かる人という意味です。ムハンマドは人間です。神様ではありません。ですからイスラム教では「ムハンマドは神様から選ばれた人だから、尊敬すべき人ではあるけれど、神様のように拝む人ではない。あくまでも人間だよ」という考え方なのです。

 キリスト教においてイエスは、神様からつかわされた神の子です。しかしイスラム教からいわせると、「いや、神の子じゃない。ただし、神様の言葉を預かった預言者だから、神様から選ばれた尊敬すべき人ではある」というのがイスラム教の立場です。

 ですからイスラム教徒にとっては、旧約聖書も新約聖書も神様の言葉です。どちらも大事です。でも、最後に神様はムハンマドを選んで、言葉をくださった。だからコーランが一番大切なものという位置づけになるわけです。

■「唯一絶対の神」を信じる人々

 イスラムというのは、神に帰依するという意味です。神様にすべてをゆだねるということです。この世界は、この宇宙はそもそも神様がつくったものである。そしてすべての人間は、その神様の意思によって生きて、生まれているわけで、いつ死ぬかもすべて神様がお決めになることである。すべてを神様にゆだねることで本当に心の落ち着きが得られる。これがイスラム教の考え方です。

 ちなみにユダヤ教にもキリスト教にも、そしてイスラム教にも唯一絶対の神様がいます。唯一絶対の神様がそもそも宇宙をつくり、この世界をつくった。これを一神教といいます。それに対してヒンドゥー教には、いろんな神様がいるわけです。宇宙をつくる神様。維持する神様。破壊する神様がいる。多神教です。

 仏教においては、この宇宙をつくった神様という存在はありません。そもそも宇宙は最初からあるのです。この世界はそもそも存在している。どうやってつくられたかとか、誰がつくったのかということを仏教では一切論じていません。輪廻するこの世界のなかでどう生きるべきなのかということを考えるのが仏教なのです。

 このように、神様についての考え方はまったく違いますが、ユダヤ教もイスラム教もキリスト教も実は同じ神様を信じている。ただし、そのお祈りの仕方が違っていたり、信じ方がちょっと違っていたりするだけなのです。

 だから、3つの宗教の人たちが平和に暮らしていた時代もあります。ところが、歴史的にみてさまざまな理由で対立をしたり、あるいは戦争をしたりする時代が続いてきたのです。その典型が中東問題であるといえるでしょう。次回は中東問題について考えてみましょう。


>[いけがみ・あきら]
ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。近著に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)。長野県出身。62歳。
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